第14回医療研究集会発表演題より

はじめに

 小児科医からみた、子どもへの暴力防止の重要性を報告します。
 子どもへの暴力、特に家庭で超きる保護者から子どもに向けられる児童虐待は昔からありましたが、社会問題として取り上げられるようになったのはほんのここ数年のことです。
  私は知的障害児の早期療育・発達援助にかかわって15年になりますが、学校の中で起きる問題や家庭状況の変化は、子どもにとってよくない方向であるという漠然とした不安をもっていました。
 不登校について相談にのっているときに、原因として性的虐待を受けていることが明らかになった子どもに出会いました。介入・家庭からの分離を行いましたが、それをきっかけに愛知県の児童養護施設に、毎週通うようになりました。
 児童養護施設は、小児科の診察室の中にいては見ることのできない、一般社会の中でも知る人ぞ知る、知ろうと思わなけれは見えてこない世界です。
 崩壊家庭、DV、暴力(身体的、性的、心理的)、薬物やアルコール依存症、置き去り、捨て子、あらゆる種類の児童虐待、社会の最底辺で生活せざるを得ない、何でもありの世界です。
 さまざまな理由で、家庭を離れてここで暮らしている幼児から18歳までの子ども達はどの子も一見明るく元気で人なつっこく、たくましいというか、はげしいというか、子ども同士のせめぎあい、虐待の後遭症によるさまぎまないわゆる“問題行動”が見られます。
 小児科医のいる場所はまさにここではないのか、ここにいてこの子たちの負ってきた傷をいやし、健康な大人になって社会へ出ていく手助けをしたい、そして、暴力の世代にわたる連鎖を何とかこの子たちの代で終わらせたいものだと強く思いました。

100%子ともの立場で

 「何があったのか話して」と聞いても何も答えないが、「大人がけんかすると、子どもはとても困ると思うけれどあなたはどう?」「お酒を飲むと恐くなる人がいるけれどあなたのおうちの人はどう?」「誰でも恐い人がいるとうそをつきたくなるけれどあなたはどうしてうそを言ったの?」と虐待を念頭に置いて、子どもの立場から尋ねれば、子どもは自分が因っている状況を説明することができます。
 小児科というのは、子どもの存在を中心に裾えて子どもをとりまく状況を見ること、100%子どもの立場に立つことだと思っています。
 天秤の目盛りは子どもの側に大きく傾いていますが、当事者の問題は当事者に聞いてみないと分からないということ−客観的な事実経過ではなくて、子どもはどう感じ、理解し、対処してきたかを子ども自身の言葉で話すのを聴くこと、そして、問題を解決する力は子どもの中に備わっていると子ども自身の力を信じることから出発して、この子たちとのかかわりをもってきました。
 虐待を受けた子どもの回復に向けての援助に携わる一方、防止の重要性を痛感して、市民団体の一員として子どもへの暴力防止活動を行っています。
 子どもをめぐる問題は、すべて家庭か学校の責任とされがちですが、地域社会もその責任の一端を担うことを社会に示していく必要があります。子どもたちにとって、地域の人たちが子どもの権利を大切に考え、支持してくれるということを体験すること自体が大きな意味を持っています。ですから学校や行政の中にではなく、地域の中に市民団体として活動していくことが必要なのです。

CAPプログラム

18歳末満の子どもへの暴力を防止するための異体的な方法であるCAPプログラムのご紹介をします。Child Assault Prevention(子どもへの暴力防止)の頭文字を取って、CAP(キャップ)といいます。
 暴力とは、戦争、テロ、拷問、いじめ、虐待、体罰、誘拐、殺人、レイプ、18歳末満の子どもの売買春、自殺、自傷行為、薬物、強度のダイエット等々があり、人の心や体を傷つけるもの、すなわち人権侵害です。暴力を受けていては自分を大切にする心をもつことはできません。私たちの方法は、子どもを外から保護するのではなくて、子どもが本来持っている心の力に気づき、それを発揮するよう励ます-すなわち人権意識を育てるというものです。

劇を観て一緒に考える

 生きていく上でなくてはならない大切な権利を、小さい子どもにも分かるように、いじめ、誘拐、性暴行の寸劇を、就学前、小学生向け、中学生向けの年齢に合わせたものを見せています。
 劇を見てどんな気持ちになった?こんな目に遭わないようにするにはどうしたらいいだろう?ということを一緒に考えていきます。そして人の権利を取らないで自分の権利を守る方法として、NO(「いや」という)、GO(その場を離れる)、TELL(信頼できる大人に話す)を子どもができることとして提示しています。
 子どもたちにこの方法を伝えるのに先立って、大人たちにも子どもを信じ、信頼される大人であるためにどうすれはよいかを伝えています。大人の援助がなけれは子どもの権利は守れないからです。

 *「安心」する権利:義務を伴わない基本的な権利
   ○生理的要求(衣食住)が満たされている
   ○安全であり怖いものが何もない
   ○帰属感・愛情を感じる

 *「自信」を持つ権利:義務を伴わない基本的な権利
   ○ありのままの自分でいられる
   ○自分の感情や気持ちを大切にする
   ○他者からの共感を得られる
   ○いかなる状況でも自分自身を見失わないという感覚

 *「自由」に行動する権利:自己斉任を伴うが義務を伴わない基本的権利
   ○行動の選択肢をもっている
   ○感性、可能性、能力に応じて、行動を選ぶことができる

 子どもから打ち明けられたとき私たちはよくこんなふうに言っています。
 「いじめられている。すごくイヤだ」
 →「あなたも悪いところがあるんじやないの?」
 「すごく恐い目にあって逃げてきた」
 →「だから早く帰っていらっしゃいといつも言っているでしよう。」
 性的な問いかけ→「そんなこと聞くのは変な子!」

 これでは大人と子どもの意思の疎通はできません。子どもに打ち明けられたとき私たちができることは、

 *100%子どもの立場に立って、子どもの話に耳を傾ける。
   そう、そんなことがあったのか。あなたが悪いのではない。
   いじめられてもいい子、暴力を受けてもしょうがない子などいない。

 *話してくれてありがとうの気持ちを子どもに伝える。
   大人に話すのは勇気がいるけれど大切なことなんだよ。

 *解決に向けての選択肢を一緒に考える
   選択肢を提示し、子どもの責任において子どもが行動を決定する。
   大人と子どもが何でも話せる関係を築いていくこと
   ---- これが最も大切な暴力防止活動ですと伝えています。

アンケートから

 人権意識とは、かけがえのない大切な自分を慈しみたいという心のあり方です。この大切な自分を踏みにじって恐れや屈辱を与えるものに対して、怒りを感じてもいいんだというものです。子どもだけではなく大人も、日常生活において折に触れて「安心」「自言」「自由」を検討してほしい、そして白分の気持ちをよく知ってそれを大切にしてほしいと話しています。
 私たちの活動は、暴力に対応する4分野(防止・介入・治療・調査研究)のうちの防止分野に該当します。活動に対する評価を受けるために、毎回アンケートを取っています。子ども、担任の先生、保護者からのアンケートによれば、○担任と級友との協力で、隠されていたいじめが表面化した○加害者だったが、劇を見て被害者の気持ちが分かった。いじめはやめる。○公園の砂場で小さい子が知らない人に話しかけられているのを不審に思い、家まで付き添って帰した。
 子ども同士の助け合い、いざというときにとる行動の選択肢が増えた、大人と子どもの対話を促す効果をもたらしたという回答が寄せられています。
 予防効果とは、実際に予防に役立った事例が蓄積されることおよび、大人の子どもへの暴力防止に向けての認識を新たにすることだと考えています。
 保護者のアンケートからは、子どもを守るとはどういうことかあらためて考えるきっかけとなったという回答が寄せられており、予防に有効であると考えられました。

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